紀州徳川家-和歌山城の
厄封じの寺院
江戸時代の当初、徳川頼宣が和歌山に入城した際、城内櫓に安置されていた不動明王を、
当時の柳の馬場(現在の柳丁)に堂宇建立の上、安置されました。
高野山の無量光院の僧春盛坊に、徳川家先祖代々の厄除け、
家内安全の祈祷を執り行わせたのが、当寺院の始まりです。
宗旨・宗派・国籍を問わず受け入れる寺院
小さなお墓 常住院は全ての人を受け入れる、
広く門戸が開かれた寺院です。
お知らせ
和歌山で家族葬の後に選ばれる小さなお墓と永代供養のご案内
近年、お葬式の形として、近親者を中心に見送る「和歌山 家族葬」を選択されるご家庭が非常に増えております。和歌山 家族葬は、限られた親しい方々だけで故人様との最後の時間をゆっくりと過ごせる点が大きなメリットです。しかし、葬儀を無事に終えた後に、多くのご遺族が直面するのがお墓をどうするかという問題です。代々のお墓が遠方にある、後継ぎがいないため、従来のような大きなお墓を維持管理していくことが難しいといった不安の声をよく耳にします。和歌山市柳丁に位置する常住院では、そのような和歌山 家族葬の後の納骨先として、費用を抑えながらも丁寧に供養ができる小さなお墓や合祀墓をご提案しております。

和歌山 家族葬の後に小さなお墓や合祀墓が求められる理由
和歌山 家族葬を選ばれる方の多くは、規模を縮小して家族に負担をかけたくないという思いを持たれています。それは葬儀の場面だけでなく、その後の供養や管理の場面においても同様です。従来の大きな代々墓は、定期的な草むしりや墓石のメンテナンス、精度が必要とされる管理、そして何よりも次世代への継承が必要不可欠となります。これに対して、常住院が提供する小さなお墓や合祀墓は、お寺が責任を持って管理・供養を継続するため、跡継ぎの心配が一切不要です。納骨後の参拝に関しても自由に行っていただけるため、和歌山 家族葬で故人様を穏やかに見送られたご遺族にとって、負担が少なく安心できる選択肢となっています。
宗旨宗派や国籍を問わず受け入れる常住院の永代供養
和歌山 家族葬を行われた方の中には、特定の宗派の檀家になっておらず、納骨先が見つかるか不安に思われている方もいらっしゃいます。常住院では、過去の宗旨、宗派、さらには国籍をも問わず、広く門戸を開いて全ての人を受け入れる体制を整えております。当寺院の檀家様以外であっても、小さなお墓や合祀墓をご利用いただくことが可能です。2021年からの令和の大工事を経て、新しくなった院内位牌棚や合祀墓の設備が完成し、駐車場や駐輪場も完備されました。お車でも立ち寄りやすい環境となっており、和歌山 家族葬の後にいつでも気軽にお参りへと足を運んでいただけます。詳しいお寺の歴史や境内については、https://singonsyu.com/about/ をご覧ください。

葬儀から納骨、ペット供養まで一貫した相談体制
常住院は、和歌山西国三十三観音霊場の第15番札所であり、真言宗金剛山遍照寺としての歴史を持つ寺院です。江戸時代初期に徳川頼宣公が和歌山城内の不動明王をこの地に移したことから始まり、先祖代々の厄除けや家内安全の祈祷を行ってまいりました。当寺院では、お墓の管理だけでなく、和歌山 家族葬に関する事前の相談や、葬儀、その後の法要に至るまで、如何なる内容のご相談も親身にお受けしております。また、和歌山で最も古い伴侶動物供養墓を設けており、大切な家族であるペットの合祀供養も行っております。よくあるご質問については、https://singonsyu.com/faq/ にまとめておりますのでご確認ください。和歌山 家族葬からその後の永代供養にいたるまで、ご家族の心に寄り添う道しるべとして、いつでもお気軽に https://singonsyu.com/ よりお問い合わせください。
和歌山市 葬儀 相談 | 常住院が寄り添う葬儀と供養の形
和歌山市に位置する真言宗 金剛山 遍照寺 小さなお墓 常住院は、約400年の歴史を持つ紀州徳川家ゆかりの寺院です。JR和歌山駅から徒歩約10分という利便性の高い場所にありながら、江戸時代より ごまん堂常住院 として多くの方に親しまれてきました。当寺院では、大切な家族の旅立ちに際して不安を抱える方々のために、和歌山市 葬儀 相談の窓口として、葬儀や法要、そしてその後の供養に関するあらゆるご相談を承っております。

紀州徳川家ゆかりの歴史と小さなお墓 常住院の歩み
小さなお墓 常住院の歴史は、江戸時代初期の元和5年(1619年)に遡ります。紀州藩主である徳川頼宣公が和歌山城に入城した際、徳川家代々の厄除け・家内安全を祈願する寺院として、高野山無量光院の春盛坊に命じて建立されたのが始まりです。当初は和歌山城内の櫓に安置されていた不動明王像を、現在の柳の馬場(和歌山市柳丁)に堂宇を建立して奉安し、祈祷を執り行わせたのが当寺院の起源とされています。
昭和20年(1945年)の和歌山大空襲により、当時の貴重な堂宇や宝物は消失してしまいましたが、昭和51年(1976年)に現在の本堂が再建されました。第16世住職である上西善教氏のもと、歴史と伝統を守りつつ、現代の和歌山市 葬儀 相談における多様な悩みに応える 街のお寺 として活動を続けています。詳しい由緒については、こちらの常住院についてでご紹介しております。
和歌山市 葬儀 相談でよく寄せられる内容
葬儀は突然のことであり、何を優先すべきか迷われる方が多くいらっしゃいます。当寺院では、以下のようなご相談に対応しております。
枕経と葬儀の進め方
亡くなって一番に受けるお経である 枕経 の重要性や、葬儀の流れについてご説明いたします。真言宗の教えに基づいた供養のあり方をお伝えし、遺族の皆様が落ち着いて故人を送り出せるようサポートいたします。具体的な参拝の作法や知識については、巡礼案内も併せてご参照ください。
葬儀後の納骨と永代供養
葬儀を終えた後の納骨先についても、和歌山市 葬儀 相談の中で多く寄せられる悩みです。当寺院では、跡継ぎの心配がない 小さなお墓 の建立や、宗旨宗派を問わず受け入れている合祀供養墓、そして和歌山で最も古いペット供養墓など、多様な選択肢を提案しております。各供養の詳細についてはお墓についてのページにまとめております。
寺宝と信仰の対象
小さなお墓 常住院には、長い歴史を物語る仏像や寺宝が安置されており、参拝者の心の拠り所となっています。
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本尊 不動明王立像(秘仏): 右手に三鈷剣、左手に羂索(けんじゃく)を持ち、背中に炎を背負った姿をしています。悪を断ち切り、人々を仏道へ導く決意の表れです。
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十一面観音菩薩像: 和歌山西国三十三観音霊場の第15番札所です。十種類の現世での利益(十種勝利)と、四種類の来世での果報(四種功徳)をもたらすと言われています。
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四天王像: 境内にあった大きな くすの木 から彫り出された仏像です。持国天、増長天、広目天、多聞天の四神が、仏法を守護するために安置されています。
住職の想いと参拝の作法
和歌山市 葬儀 相談を承る住職は、お寺とのご縁を大切にされています。参拝者が心地よく故人と向き合えるよう、具体的なルールについても丁寧にお伝えしています。
例えば、お墓へのお供え物については、野生動物が境内の聖地を汚すのを防ぐため、原則として持ち帰ることを決まりとしています。これは 大切な方の後始末を他人に任せない という心の持ち方を大切にする教えに基づいています。こうした日常の疑問についてはよくあるご質問でも回答しております。
和歌山市 葬儀 相談を通じて、葬儀の形式だけではなく、故人を想う 回向 の心、すなわち自分の行った善行を先祖へ向かわせる尊さを伝えていきたいと考えております。歴史ある静かな境内で、皆様の不安に寄り添い、誠心誠意お手伝いをさせていただきます。詳しい場所や交通機関についてはアクセスをご確認の上、お気軽にお越しください。

